Ⅱ-3 三雲南小路遺跡 三雲の王と王妃の墓

●一号墓
三雲南小路遺跡は、弥生中期後半(須玖Ⅱ式の時代)の方形周溝墓です。2つの甕棺が寄り添うように埋葬されていました。
一号墓は江戸時代に偶然発見されました。多数の副葬品を伴う甕棺墓でした。このときの出土品の大半が所在不明となっているのですが、福岡藩の国学者、青柳種信によって出土品が記録されています。
1974年、学術的な再調査が行われ、残っていた副葬品が回収されました。
青柳種信の記録と再調査の結果から、次のようなものが副葬されていたことがわかりました(『伊都国王誕生』糸島市立伊都国歴史博物館による)。
有柄中細銅剣1、中細銅戈1、朱入小壺1、細型銅矛1、中銅矛1、前漢鏡35、ガラス璧8、
ガラス勾玉3、ガラス管玉多数、金銅四葉座飾金具8
武器の出土が多いこと、王の印とされるガラス璧、金銅四葉座飾金具が出土していることから、埋葬されていたのは男性王と考えられています。

●二号墓
二号墓は1975年の調査で発見されました。一号墓のすぐそばに新たな甕棺が見つかったのです。攪乱されており全容は不明ですが、次のような副葬品が確認されました。
前漢鏡22以上、硬玉勾玉1、ガラス勾玉12、ガラス製垂飾1

武器の出土がないこと、装飾品が多いことから、埋葬されたのは女性と考えられています。
おそらく一号墓に葬られた男性王の妃、王妃でしょう。
どちらが先に亡くなったのかわかりませんが、寄り添うように埋葬されているのをみると、仲のよい王と王妃だったんでしょうね。
糸島市では、三雲南小路遺跡に始まり井原鑓溝(やりみぞ)遺跡、平原(ひらばる)遺跡と、200年以上にわたって豊かな副葬品を伴う王墓が築かれます。

